ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』

みのりあるらいふ~開運研究家・コンシェルジュ~
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こんばんは、ブレスレットメーカーでヒーラーな開運研究家・コンシェルジュ 中村美功。(みのり)です。

アメブロでちょこちょと更新しています。

こちらとの連動をどうしようかな~と悩み中です。

少し外観もかえてみました。

昨日は、梅田芸術劇場で上演されているミュージカル『ロミオ&ジュリエット』を見てきました。

「ロミオとジュリエット」は昔からミュージカル以外の舞台、映画でも何度かみています。初演で、フランス生まれのミュージカルと聞いても、実は全く興味がわきませんでした。

でも、出演者が魅力的だったので、一度くらいは見ておこうかな、ととても気軽に見に行ったのですが、今まで見たどのロミオとジュリエットよりも好ましく感じました。

その後、宝塚版、キャストが変わる度に、見に行っているのですが、今回はまた一段と心に沁みました。

愛と死。終わらない憎しみ、争い。若い命が失われることへの哀しみ。ロミオとジュリエットの純粋さ。

こうして文字にすると、ありふれた感じになってしまいますね。でも、本当に上演されている空間で、キャストさんたちの渾身の歌、ダンス、セリフを感じていると、自然に感情が揺さぶられて、1人1人の気持ちに近付いて、寄り添うような感じになれました。

ロミオやジュリエット、ティボルト、マーキューシオ、ベンヴォーリオ、といった若い役たちの気持ちも、 キャピュレット夫人、 キャピュレット卿、乳母たちも。

それぞれの立場で、心情を歌いあげる場面があって、わかりやすいんです。

開運、幸せになる1つの方法に、私は客観性があると思っています。

それは、自分のことを客観的に観るようにする、そのままなのです。これは簡単のようで難しいです。

「相手の立場になって考える。」ことと同じように難しいです。

『ロミオ&ジュリエット』のような敵対関係のある舞台を見ていると、時にはキャピュレット家側に、そしてモンタギュー家側に視点が変わります。

どのキャラクターに、どちらに共感するのは、自由なのですが、その時時に、違うキャラクターに寄り添ってみることもできるのです。

一般的には酷い母親に映る母親かもしれないキャピュレット夫人も、その昔はジュリエットのように純粋で恋にあこがれて夢を見ていた時期があったのかもしれないけど、夫と心が通じ合わず、あんな風にしか娘に言えない大人になってしまったのかもしれません。

読書、映画、テレビなどいろんなメディアがありますが、私の場合は、特に舞台が効いた気がします。

そして、”悪酔いしない”のもいいです。

舞台って、必ずカーテンコールがあるので、そこで完了できるのです。

私の場合、読書や映画だと、とても悲しいお話や残酷な物語をみてしまうと、時に立ち直るのに時間をかなり要する場合があるのです。

その点、舞台はカーテンコールで、キャストさんたちが、全員出てきて、ご挨拶して終演するんで、夢からパっと覚めたような感覚なんですね。

幸せになる準備を、舞台を通して、少しずつしてきたようなそんな気がしています。

舞台の感想をかきがてら、そんなことも書いていけたらなと思っています。

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