私はここぞという場合は、必ず方位を見て行動します。
長年の経験で、悪い方位を侵すとろくでもないことになるとわかってるからです。
しかし人間の限界で、縁のめぐり合わせで吉方位を使えない場面も必ずあります。
例えば体調が突然悪くなって、病院にいかなくてはならない時、
悠長に方位の良いところを探している場合でないですね。
でも後で方位を見たら「吉方位」だった〜という場合もあるし、その逆もあるわけです。
これが「運」としか言いようがありません。
運さえよければ、タイミングよく良い方位の病院にいけるのです。
そうした例はいくらでもあります。
たとえば良い運の人は、知らないうちに良い方位へ旅行へ行ったり、行動を起こしています。
運の悪い人は、当然その反対に、悪い方へ悪い方へ行くようになっています。
「運の良さとは」で書いたように、運命はある程度決まっていて、なかなか変えることができません。
しかし毎日の生活で、することなすことに変化を起こすタイミングはあるのです。
運がよくなる思考、言葉、態度をしていると、少しずつ変化が起きて、
少しずつでもに運の良い人になっているかもしれません。
「運をよくする装備」も手に入れられるかもしれません。
吉方位へ行くことも、その1つだと書きました。
しかしこの「吉方位」の効果がハッキリいって「よかった!」とわかりやすいものではなのです。
我が家では、この方位学を普通に取り入れてきたので、あまり気にしなかったのですが
友人などに教えて利用してもらったら
・効果がわからない
・悪い方位へ行くと、なるほど悪い事、変なことがある。
・良い方位へ行ったけど、特に何もなかった。
という感想が多いです。
実は私も長らく、「吉方位」へ行ったけど特に何も感じないな〜と思っていたのです。
これを師匠に尋ねたら・・
「生き物にとって、何事もないということが一番ありがたいからだ」と言われたのです。
そういえばそうです。「無事」で帰宅できること、これは当たり前のように思っているけど実は当たり前でないのです。
「風邪をひいた時に、健康のありがたみがわかる」てことと同様ですね。
つづく
2012年2月7日17:20